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  COPYRIGHT(C)1998-ARAKAWA KATSUMI,SAIDIA FURAHA wo SASAERU KAI & Hikari Miura ALLRIGHT RESERVED. Illustration by Jin Kawaguchi. 禁無断転載  

 

 

 

 

 

現地サイディア・フラハの訪問レポートです。じかなる体験の、生の声をどうぞ。

元教師、ケニアで教育を考える(2019年6月)
新本友
 

(1)目的
今後東アフリカでの教育活動に参加を検討していて、ケニアの教育はどのようなものなのか確認したかったから。子ども達や先生方と生活を共にするワークキャンプを通して、現地の人々の暮らしや考え方、ニーズに気付きたかったから。

(2)活動内容
1日目 ナイロビ国際空港→サイディア・フラハ到着
2日目 サイディア・フラハ 幼稚園、小学校低学年の授業見学
3日目 ナイロビ マサイマーケット見学、買い物
4日目 サイディア・フラハ 小学校高学年の授業見学
5日目 サイディア・フラハ 小学校の授業見学、裁縫教室の見学
6日目 サイディア・フラハ 幼稚園,小学校の授業見学,大掃除の手伝い
7日目 サイディア・フラハ 学校修繕のための塗装活動
8日目 ナイロビ 散策
9日目 キテンゲラ公立高校訪問
10日目 カレン ケニア理数科教育研修機関見学
12日目 サイディア・フラハ 学校見学
13日目 ナイロビ 散策、サイディア・フラハ お別れ会

(3)エピソード
エピソード1「教育」
授業に取り組む子ども達の眼差しは真剣そのもの。3歳程の幼い子どもも、学ぶ喜びを感じているように見えた。高価な教科書を持っている生徒はごくわずかで、一つの教科書を何人かで使っていて、先生が黒板に書くことをノートに書き写している。
学校の先生方は話がうまく、終始説明をしている。授業の後に子ども達のノートチェックをして進捗状況の確認をするそうだ。幼稚園から小学校高学年まで授業見学をしたが、それぞれの先生方のやり方があり、またそれぞれのクラスカラーもあった。
寄宿舎施設の子ども達は毎朝5時に予習をし、授業が終わった後夕食の支度を終えると寝る直前の9時まで与えられた課題や試験勉強をしている。数学が苦手な子が多く、次々と私に質問してきた。彼女達の勉強熱心さには頭が下がった。
荒川さんに計画していただき、公立高校や特別支援学校、政府の教育研修機関の見学もできた。安価な公立高校は1クラス100人を超え、1人の先生が指導していた。ケニアでは先駆けとなる特別支援学校。アート、ダンス、裁縫、スポーツのジャンルがあり、子どもの個性の伸長を目指していた。日本政府の支援による教育研修機関では理数科教育に力を入れており、教師の指導力育成に奮闘されている派遣員の方のお話を聞くことができた。
西欧諸国に倣って変化し(ソフト面は全く追いついていない)どんどん先進国化しようとしているケニア教育。これからどうなっていくのだろう。

エピソード2「働くことを考える」
週末。教会、学校、床屋、肉屋、パン屋、家具屋、薬屋、水売り、ガス売り、容器売り、ミルク売り、靴紐売り…今日も元気にゆるりと働いている。
小規模型個人経営社会。雇われず等身大で生きているように見える。もちろん稼ぎは少ないけれど、働きたい時に働いて、休みたい時に休む社会。羨ましさと同時に違和感も感じている私がいた。(せかせかした中で働いてお給料をいただいていた私は、働かざる者食うべからずの感覚が強く、何もしていないとひどく焦る。)
土曜日、学校登記のため校舎をペンキで塗る作業があった。参加したのはサイディア・フラハで働く若手のスタッフ2名、セメント会社の5〜6名、荒川さんと私の総勢約10名。働くチャンスだと思った私はひたすらペンキを塗った。自分なりに納得がいって作業を終わろうとした頃、ケニア人達はもう随分前に仕事を終えていた。ふと横に目をやると荒川さんが外壁にペンキを塗っていた。結局最後まで仕事をしていたのはムズング(白人)達だということに気付き思わず苦笑い。
荒川さんから紹介していただいたマサイ族のディクソンからは、自分たちの持っているものに頼って生きるべきだと教わった。マサイはマサイとして、家畜とともに生きながら現代社会に順応しながら仕事の幅を広げている。「誰もが富む価値を備えているんだ。だから何かに就くんじゃない、自分のもとに働くんだ。」という言葉が胸に残っている。その土地の人には土地の人の働き方があるし、自分には自分の働き方がある。自分にしかできないことは何だろうか。自分の資源にはもう気付いているような気がするのだが。

エピソード3「食堂が寝室になった日」
クングーニ(南京虫)に全身を襲われる。私は元々敏感肌で、蚊に喰われやすい体質だった。しかし痒みは蚊のそれ以上で、全く鎮まらない。荒川さんや寮母のモラママに色々と対応していただいたのだが、余りにも痒みと腫れが増すので、初通院を経験することになる。心身へのダメージは続く。施設の子ども達が驚くほど心配してくれて、食堂の椅子を並べて、マットをひいて、これでもかというくらい毛布を持ってきて、布をカーテンにして、寝室を作ってくれた。私たちの食堂で寝てくれと。
本当に頭が下がった。この食堂は彼女たちにとって、ただご飯を食べる場所でなく、毎朝毎晩勉強をする場所であり、ミサを捧げる祈りの場所であり、歳の離れた施設の子ども達にとっての大切な居場所である。私に居場所を作ってくれてありがとう。

(4)体験を終えて
盛大に開かれたお別れ会では、チャパティ、ウガリ、チキン(アフリカでは鶏肉は高価)、たくさんの種類の食事が施された。食後には誕生日を祝うケーキ。4人の子がナイフを握ってケーキ入刀。適当に切り分けられたケーキをみんなで分け合って食べる。コップ一杯のジュース。幸せや豊かさの価値観は人それぞれだが、私にとって人として素敵だと思う姿はあの光景であった。
サイディア・フラハさんでの2週間の滞在で、「教育」をメインに活動させていただいた。改善点は依然とある。子ども達の学ぶ姿勢をサポートできたらどんなに良いだろう。日本人としてどのような関わり方ができるのか考えさせられた。
その他にもケニアの生活やケニア人の気質に触れることができた。度々起こる停電や、たまに鬱陶しい子ども達のちょっかいも今になっては愛おしい。
帰国後も体験を生かしてこそワークキャンプの意味があると思う。今後も自分にできることは何か模索し一つずつ形にしていきたい。
最後に荒川さんをはじめとするサイディア・フラハを支援されている皆様に、このような貴重な体験をさせて頂きましたことを感謝申し上げます。
     /新本 友